マル暴とは何を意味するのか
「マル暴」は、警察内部や報道、警察取材などで使われてきた通称で、一般には暴力団を対象とする捜査・対策部門、あるいはそこに所属する捜査員を指す言葉として使われる。
正式な全国共通の課名が「マル暴」というわけではない。
ここが重要なポイントだ。
警察の組織名称は都道府県警によって異なり、「捜査第四課」「組織犯罪対策課」「暴力団対策課」など、さまざまな名称が存在する。
つまり「マル暴」は、法律上の正式な部署名というより、暴力団対策を担当する警察官や部門をまとめて呼ぶ業界的な通称と考えたほうが実態に近い。
現在の警察庁には組織犯罪対策部が置かれ、暴力団対策もその重要な所掌分野となっている。
「マル暴」の「マル」は何なのか
「マル暴」という言葉の「マル」は、警察用語で対象や事項を記号化する際に使われる「○」に由来するという説明が一般的だ。
「暴」を囲んだ「○暴」という表記から「マル暴」と呼ばれるようになったとされる。
警察関係の用語には、対象を簡略化した符号的な呼び方が存在する。
そのため、マル暴という言葉自体が正式な制度名称というより、警察関係者や周辺社会で定着した呼称と考えると分かりやすい。
ここから「マル暴=怖い刑事」というイメージが形成されていった面もある。
ただし、実際の仕事は単純な「怖い相手を取り締まる刑事」ではない。
暴力団の組織構造、資金源、人間関係、企業との接点、犯罪収益などを長期的に追跡する専門捜査が中心になる。
なぜ「捜査四課=マル暴」と言われるのか
マル暴を語る際に頻繁に登場するのが「捜査四課」だ。
かつて多くの都道府県警では、刑事部の中に「捜査第四課」が設置され、暴力団犯罪を専門的に担当していた。
そのため、
捜査四課=暴力団担当=マル暴
というイメージが非常に強くなった。
実際、大阪府警の捜査第四課は暴力団だけでなく、準暴力団などの組織犯罪にも対応していることが警察庁の資料から確認できる。
ただし、ここで注意したいのは、全国の警察が現在も一律に「捜査四課」という名前を使っているわけではないという点だ。
警視庁では2003年に、捜査第四課、暴力団対策課、国際捜査課などを再編し、組織犯罪対策部を設置した。
これは、暴力団だけを個別に追うのではなく、薬物、銃器、国際犯罪などを含めて組織犯罪を総合的に扱う方向へ警察組織が変化したことを示している。
マル暴と「組対」は何が違うのか
ここが最も混同されやすい。
「組対」は一般に組織犯罪対策を意味する略称として使われる。
マル暴が「暴力団対策」に軸足を置いた呼称なのに対し、組対はより広い。
暴力団だけではなく、薬物・銃器、特殊詐欺、国際犯罪、匿名・流動型犯罪グループなど、組織性を持つ犯罪を幅広く対象にする。
警察庁は現在、組織犯罪対策部の中で暴力団対策、薬物銃器対策、組織犯罪対策などを扱っている。
整理すると、
マル暴=暴力団捜査を中心とした通称
組対=組織犯罪全般を対象とする対策部門・担当者を指す略称
という理解が近い。
ただし、これは全国すべての警察で完全に統一された定義ではない。
実際には各都道府県警の組織改編によって、担当課や班の名称、所掌範囲は異なる。
マル暴は「暴力団だけ」を捜査するわけではない
現代のマル暴を理解するうえで重要なのがここだ。
昔ながらの暴力団犯罪といえば、恐喝、覚醒剤、賭博、拳銃、抗争などがイメージされやすい。
しかし、現在の組織犯罪はそれほど単純ではない。
警察庁は、暴力団が従来型の犯罪だけでなく、詐欺など、暴力団の威力を直接使わない資金獲得活動にも関与していると指摘している。
さらに、企業活動を装ったり、暴力団と関係を持つ「共生者」を利用したりするなど、犯罪組織と一般社会との境界が見えにくくなっている。
そのためマル暴の捜査では、現場で誰かを逮捕することだけが目的ではない。
「誰が指示しているのか」
「どこから金が流れているのか」
「誰が資金を管理しているのか」
「表向きの会社と犯罪組織がどうつながっているのか」
といった構造を解明する必要がある。
マル暴の捜査で重要なのは「人」より「構造」
マル暴というと、強面の刑事が暴力団事務所に乗り込むような映画的イメージが強い。
しかし、実際の組織犯罪捜査で重要なのは、むしろ地道な情報分析だ。
人物相関、車両、通信、資金、企業、過去の事件、関係者の供述など、複数の情報をつなぎ合わせて組織の全体像を作る。
これは一般的な刑事事件とは異なる部分だ。
個人の犯罪を立証するだけでなく、犯罪組織そのものの実態を解明する必要があるからだ。
警察庁も犯罪組織を弱体化させるためには、犯罪収益の移転防止や犯罪収益の剥奪が重要だとしている。
この視点から見ると、マル暴の本当の怖さは「腕っぷし」ではない。
長期間かけて組織の弱点を探り、資金、人脈、犯罪事実を積み上げていく捜査力にある。
「マル暴」という言葉が怖く聞こえる理由
マル暴という言葉には独特の威圧感がある。
その理由の一つは、捜査対象が暴力団という特殊な集団だからだ。
暴力団事件では、一般の刑事事件以上に捜査員や協力者への安全確保が重要になる。
警察庁の資料でも、暴力団が報復や見せしめ目的の襲撃事件を起こすことや、銃器を用いた対立抗争が発生することが指摘されている。
そのため、マル暴の仕事には一般人が想像する以上に慎重な情報管理が求められる。
一方で、マル暴だからといって全員が「強面」である必要はない。
むしろ組織犯罪捜査では、情報を集め、人間関係を読み、供述を積み重ね、証拠を整理する能力が重要になる。
外見よりも、継続的に情報を扱う専門性のほうが本質的だ。
マル暴から組対へ――警察組織そのものが変わった
マル暴と組対の違いを理解するには、警察の組織犯罪対策そのものが変化してきたことを見る必要がある。
1990年代には暴力団対策法が制定され、1992年に施行された。
これは暴力団の不当な活動を行政的に規制するという意味でも大きな転換点だった。
警察庁には1992年に暴力団対策部が設置され、暴力団犯罪の取締り、暴力団対策法の運用、暴力団排除活動などが進められた。
その後、犯罪組織が国際化・複雑化するにつれ、暴力団だけを見ていても実態がつかめなくなった。
そこで警察は、組織犯罪を横断的に捉える体制を強化していった。
2004年には警察庁刑事局に組織犯罪対策部が設置され、暴力団、薬物・銃器、国際犯罪などを含む組織犯罪対策を統合的に進める体制が整えられた。
つまり「マル暴から組対へ」という変化は、単なる課名変更ではない。
犯罪組織の形そのものが変わったため、警察の側も捜査の枠組みを変えたと考えるべきだ。
現在は「暴力団対策」だけでは説明できない
近年はさらに状況が変化している。
匿名・流動型犯罪グループ、いわゆる「トクリュウ」のように、従来の暴力団とは異なる形で犯罪を実行する集団が問題になっている。
警察庁は、SNSなどで実行役を募集し、犯罪ごとにメンバーが入れ替わる匿名・流動型犯罪グループについて、組織構造や資金の流れを解明する部門横断的な対策を進めている。
この流れを見ると、「マル暴」という言葉だけでは現代の組織犯罪捜査を説明しきれなくなっていることが分かる。
従来のマル暴が「暴力団という目に見える組織」を追う仕事だったとすれば、現在の組対は「犯罪ネットワークそのもの」を追う仕事へ広がっている。
マル暴と組対の違いを一言で整理すると
最後に整理しておきたい。
マル暴は、暴力団を対象とする捜査・対策部門や捜査員を指す俗称・通称として使われる言葉だ。
一方の組対は、組織犯罪対策を意味し、暴力団だけでなく、薬物・銃器、国際犯罪、特殊詐欺、匿名・流動型犯罪グループなど、より広い犯罪組織を対象とする。
そのため、
「マル暴は組対と同じなのか」
と聞かれれば、完全な同義語ではないと答えるのが適切だ。
ただし、実際の警察組織では、マル暴的な暴力団捜査が組織犯罪対策部門の中に組み込まれている場合もあり、両者の境界は組織編成によって変わる。
マル暴という言葉を理解するうえで重要なのは、「怖い刑事」というイメージだけで捉えないことだ。
その本質は、暴力団という組織を長期的・専門的に分析し、犯罪事実だけでなく、人、資金、企業、ネットワークまで追跡して組織の活動基盤を崩していく専門捜査にある。
そして組対は、その考え方をさらに広げたものだ。
暴力団が変化し、犯罪組織そのものの姿が変わるたびに、警察の組織犯罪対策も変化してきた。
「マル暴」という昔からの呼び名の裏側には、実は日本の組織犯罪捜査がたどってきた歴史そのものが隠れている。
